第3遊具の美形式
Schönheitsformen über 3 Spielgabe


 事物の内面が多面的な「多様性」として現す美や、事象(時間、空間)の変化による均整の美を 楽しむ「遊び」の領域と言える。純粋な造形として、事物の名称なしにする遊び方をする。「配置 遊び」(das Legensspiel)とも呼ばれる内面的なものの理解の部門である。「美の形式」は、幼、 少年期を通じては副たる遊び形式であって、時空間の変化の中に調和美を提示することが特徴的で ある。
動きに共感する部門と考えられるであろう。第1遊具と第2遊具では感覚遊び、第3遊具から第6 遊具では図形遊び、他の「遊具」や「作業具」では模様遊びを意味していると考えられる。子ども が既に作った「生活の形式」などの「形態」を壊すことなく、模様として少しずつ変形していくが、 純粋な「造形」として、名称付けなしで行うことが特徴的である。また、連続して示される対立す る方向でのシンメトリーを条件としている。形状の内面特性や子どもの「心情」を調整する「詩」、 「歌」、「話」を伴う点が重要である。既成の傾向と対立する新奇の事象を各々で調和する表現に 関する「小さな輪」の集合から形成されていると考えられるであろう。対立する前後の内容を媒介 する「中心」により、子どもは調和活動の中に美を発見し、「対立調和」の法則を「直観」するよ うに構成されている。信仰心と感性に裏づけられた「心情」で「調和の美」を展開し、子どもの 「心情」を拡大する援助をフレーベルは保育者に要求している。
 第3遊具の「美の形式」を例に挙げて理解しておくことにする。「お母さんあなたは今、より一 層注意して、あなたが A1、A2そして最後に、A5の形態を入手するように、右の方へ、連続して進め ながら立方体を動かしてください。A5の形態は再び最初の形態と同じです。そして、あなたが移動 をこのように続けることを望んだ場合に、あなたはA5におり、単にまた既にA5に示された形態にき ていたのならば、1つの小さな形態、造形についての最初の輪が終結します。私達が見たように、こ の5つの部分で構成される小さな形態の全体像を観察してみましょう。その構成については、1番 と5番は全く同じものに関する外面的な現象ですが、2番と4番の部分は反対になった同じ形であ り、単独に向きが変わった形態に関する2つの部分です。3番の形態はちょうど中間にあり、双方 の側を抑制することに関して3番が、いわば、媒介することによって、各々の側に全く同じように 位置しているのです」と、フレーベルが記述しているように、A1からA5で最初の「小さな形態の全体 像」(das kleine Formen-Ganze)が終わるような表現単位の集合で構成されている。フレーベルは 「美の形式」の本質について、「以上のことを踏まえて、私達は美の形式あるいは絵の形式の考察に 転じよう。美の形式を比喩的な意味で、転義的な意味で調和の形式と呼ぶこともできよう。そして、 恐らく、調和の形式という名称もまた、とても良い名称と、発展する名称とを有している。物事の真 の理解は、とりわけ対立しているものとの結合から生じ美の形式では目に見えるものと耳に聞こえる ものとの結合から生じること、静止しているものと活動しているものとの結合から生じることは、万 人が認めるところだからです」と記述しており、「美の形式」を調和の形式と呼んでいることから 「対立調和」の法則を知らせる形式でもあることがわかる。また、美の方向を示唆する内容に調整す ることをフレーベルは大切にしていた。「全ての発展も内面的なものから、外面的なものへとなされ、 不断に進行するが、反転して変化を与える運動は、逆のものを取り上げ、全ての発展を破壊するので、 左手から右手とか、内面的なものから外面的なものへと続くものについての、動きの正しさをいつも することによって、今私達は自分達に共通の遊びと遊びの講義に戻りましょう。注意深いお母さん ! あなたが遊びについて手に入れたことを認識してください。同様に、改めて、内面から外面へ発展が 始まること、そして、発達は連続して継続するという、あなたの子どもの生命の2つの重要な生命法 則について私がついでに言いたかったことを理解してください。しかしながら、これについて私達が 連続した継続をするように、2つの生命法則を、あなたの子どもにも全く同様に、少しも注意させる ことなく、通りすぎさせましょう」というフレーベルの記述から、2つの生命法則として、全ての発 展は「内面」から「外面」へとなされること、発達は連続して継続することをフレーベルは示唆して いたと考えられるであろう。しかし、「逆のもの」が全ての発展を破壊するかどうか、確認できたわ けでもないし、「左から右へ」という方向が「内面」から「外面」へ向かう「生命の方向」と合致し ているかどうかもわからないが、フレーベル自身の感覚による「直観」なのであろう。ともかく、 「美の形式」では「左から右へ」の回転を連続して続けることが大切にされている。フレーベルの 「美の形式」は「名称づけ」や、「話」をしながら変形するのではなく、動きの感覚に働きかける 「詩」や「歌」が用意され、動きのリズムを楽しむ「遊び」になっている。したがって、子どもの 「感性」が最もよく表現される部門とも考えられるであろう

A1

A

A3

A4

A5
フレーベルは「美の形式」の本質について、「以上のことを踏まえて、私達は美の形式あるいは絵の 形式の考察に転じよう。美の形式を比喩的な意味で、転義的な意味で調和の形式と呼ぶこともできよ う。そして、恐らく、調和の形式という名称もまた、とても良い名称と、発展する名称とを有してい る。物事の真の理解は、とりわけ対立しているものとの結合から生じ、美の形式では目に見えるもの と耳に聞こえるものとの結合から生じること、静止しているものと活動しているものとの結合から生 じることは、万人が認めるところだからです」と記述しており、「美の形式」を調和の形式と呼んで いることから「対立調和」の法則を知らせる形式でもあることがわかる。また、美の方向を示唆する 内容に調整することをフレーベルは大切にしていた。「全ての発展も内面的なものから、外面的なも のへとなされ、不断に進行するが、反転して変化を与える運動は、逆のものを取り上げ、全ての発展 を破壊するので、左手から右手とか、内面的なものから外面的なものへと続くものについての、動き の正しさをいつもすることによって、今、私達は自分達に共通の遊びと遊びの講義に戻りましょう。 注意深いお母さん !あなたが遊びについて手に入れたことを認識してください。同様に、改めて、内 面から外面へ発展が始まること、そして、発達は連続して継続するという、あなたの子どもの生命の 2つの重要な生命法則について、私がついでに言いたかったことを理解してください。しかしながら、 これについて私達が連続した継続をするように、2つの生命法則を、あなたの子どもにも全く同様に、 少しも注意させることなく、通りすぎさせましょう」というフレーベルの記述から、2つの生命法則 として、全ての発展は「内面」から「外面」へとなされること、発達は連続して継続することをフレ ーベルは示唆していたと考えられるであろう。しかし、「逆のもの」が全ての発展を破壊するかどう か、確認できたわけでもないし、「左から右へ」という方向が「内面」から「外面」へ向かう「生命 の方向」と合致しているかどうかもわからないが、フレーベル自身の感覚による「直観」なのであろ う。ともかく、「美の形式」では「左から右へ」の回転を連続して続けることが大切にされている。 フレーベルの「美の形式」は「名称づけ」や、「話」をしながら変形するのではなく、動きの感覚に 働きかける「詩」や「歌」が用意され、動きのリズムを楽しむ「遊び」になっている。したがって、 子どもの「感性」が最もよく表現される部門とも考えられるであろう。
 中心が動かない模様の例、中心も動く模様の例、変化の中に「統一性」を示唆する例、歌いながら 動かすダンスの形式など、様々な動きを提示する。詩歌で感覚に働きかけるため、名称は付けない。 反復して美しさを理解するために、「小さな形態の総体」になった作業に関する「小さな輪」で遊ぶ ことをフレーベルは勧めている。作業に関する「小さな輪」は何回でも繰り返して遊ぶことができる 小単元を意味している。「お母さん、あなたは今、より一層注意して、あなたがA1、A2、そして最 後に、A5の形態を入手するように、右の方へ、連続して進めながら立方体を動かしてください。A5 の形態は再び最初の形態と同じです。そして、あなたが移動をこのように続けることを望んだ場合に、 あなたはA5におり、単にまた、既にA5に示された形態にきたならば、1つの小さな形態造形につい ての、最初の輪が終結します。私達が見たように、私達はこの5つの部分で構成される小さな形態の 全体像を観察してみましょう。その構成について、1番と5番は全く同じものに関する外面的な現象で すが、2番と4番の部分は反対になった同じ形であり、単独に向きが変わった形態に関する2つの部 分です。3番の形態はちょうど中間にあり、双方の側を抑制することに関して、3番が、いわば、媒 介することによって、各々の側に全く同じように位置しているのです」と、フレーベルが記述してい るように、各表現の「小さな輪」は中間形態を持ち中間形態の前後の動きは対立する動きで構成され ている。しかし、「美の形式」の最終目標は全ての形態の最終調和点であるMの提示にあることが特 徴的である。
「私達は今、何をしなければならないのでしょう?今まで動いていた4つの立方体を休息させるため に、中心で合一させなければならないのです。そこで、C10の形態を現し、さらに、注意深い私達の 洞察が、今、逆に転回される時、直前に休息した4つの立方体の動きも左手の方向へと逆行するので す。今、何が現れるのか見てください。私達にC1からC10で最後に示されたものと正確に同種では あるが、反対の同様の系列を見てください」と、フレーベルが記述しているように、各表現の「小さ な輪」の中間形態が「対立調和」を現すだけでなく、Mが前後の各表現における「小さな輪」の「対 立調和」をする最終調和形態になっているわけである。
 「手引書」では中心が動かない「形態」の「美の形式」を紹介しているが、「美の形式」の構成は、 「右に向かうものを直観させることに秀でた最初の半分と、最初の半分に対するものではありますが、 同様に、各々の形態の内面的なものの斜めになった状態のものに秀でている2番目の半分について、 2つの反対の同じ様な半分に関して、Mが中央で全く同様に分け合っていることを認識してください。 だが、この各々の双方の半分は、例えば、Bとbには全く同様のものも現れますが、Aとaは双方の外 側を、同じようにCとcは双方の中央を相互に対立するように、三重に再分類されて現す、常に対に なった2つの部分になっています。各々半分になった10個の部分の、この3つのそれぞれは、あるい は、全体を10個ずつにわけた6つの各部分は、再び2つに分かれますが、対立の法則によって、各部 はさらに5つに、5つずつ揃って対立する半分になっています。たとえば、A1からA5までとか、 A6からA10までに繰り返されるような、全体の6つの部分の、半分ずつ5個の部分に分けられた、 この各々が事物の描写を通して明確に存在するような対立した同じ側面の2つとか、より正確に言う と、この各々の面が、一面的な旋回をする、あるいは、反対に回転する形態を含んでおり、たとえば、 A2とA4や、全ての類似したもののように、右回転のものが存在した場合には、対立する左回転の別 のものが存在するような、逆になっているということなのです」と記述されているように、Mを中心 とするA(中心は動かず、外が左まわりする)B(中心が空洞で動かず、外が左まわりする)C(中 心が動かず、内から外への収縮をする)という前半の動きと、c b aという逆の動きをたどって元の A1の形態に類似したa 1へ変化していくわけである。
 「美の形式」は、「全ての発展も内面的なものから、外面的なものへとなされ不断に進行するが、 反転して変化を与える運動は、逆のものを取り上げ、全ての発展を破壊するので、左方向から右方向 へとか、内面的なものから外面的なものへと続くものについての、動きの正しさを常にすること」を 大切に構成されており、必ず対立する動きとセットで提示されるが、内から外、左から右という建設 的方向性を維持するという点は重要である。フレーベルが最も大切にしたのは、立方形の動きにあっ たリズムが表現できる手、動きを補助する詩歌だったとも考えられる。フレーベルが『第3遊具の手 引書』の中に述べた各形態の詩歌を紹介しておくことにする。


美の形式のための詩歌(若干の例)

A.
見てごらん。まだ、立方体は完全です。でも、各々がダンスを始めます。仲間を欲しがり、挨拶 します。立方体は私達に美しい形を、今、見せてくれます。そして、それでもなお、再び、個別的に 完全な全体を各自の部分で現します。

B.
外側が、今、動きます。内側にも生命を活気づけます。外側が、今、止まります。内側は外側を追い 立てています。2つの辺がここで2つの平面を保っています。美しいものを、さぁ、作りましょう。 様々のものがここで一致するから、その周りに、こんなに美しいものを再現することができるのです。

C10.
挨拶した立方体を再び立方体へ、もとの整頓されたもののように、もう一度部分にします。立方体達は 言います。僕らは今すぐに楽しいダンスで生命のまとまった花輪を作りたい。

M.
今、動くのを止めて、今、休んでから動き出す。楽しいダンスを作りましょう。美しい輪、美しい花 輪を。輪は言います。私は何か新しいことをあなたに委ねましょう。ちょうど、あなたが見たことを、 あなたに斜めのもので見せましょう。あなたに斜めのものが中心で結びつく時、(全ての全体)から の遊びが、繰り返し現れる。でも、傾斜の外側だけで見せましょう。内側には同じものを常に残しま す。絶えず斜めになっているものが生命を意味することはまさに私達に洞察をもたらします。まっす ぐなものを美しく作りたい人は、まっすぐなものを斜めのものに見ることができなくてはなりません。

c 7.
そして、あなたはさらにもっと戻りましょう。すると、終わりから4番目のものが見えてきます。水 車は左へ回るけど、完全に斜めなものがここにあります。さまざまの状態で同じものが見え、私達は 続くことや、右手の方向を探知しましょう。

c 6.
今、さらにあなたが進む時、最初のものが陽気に現れる。最後は最初と同じ。終わりと最初が握手し ます。種子から花になり、花は再び種子になる。

b 10.
さらに自由に、全体の、陽気で楽しい形のダンスになります。このダンスは面白いだけでなく、調和 を完全に残します。中心に全てが一致することを目に見えなくても、形は明瞭に現すことができます。

b 8.
中心がもっと明瞭に見え、辺と辺が対称に作られます。全ての立方体は中心の場所を指さし、合一の ために、唯一、中心の感じだけがあります。全ての立方体は星のように結びついており、星と同じよ うに輝く美しさがあります。

b 5.
斜めになっていたことが、今、見えるための条件ならば、場所を得るものは今も見えるべきです。私 達が好んでそのように見せようとするものが再度ここにあります。8つの角の星として。星はこんな に喜んで、こんなに明瞭に見え、星はとてもたくさんのものを私達に見えるようにしてくれる。
事物が統一へと一致するように、ここに、とても好ましく、美しく現れている。

b 1.
星の動きによって、美しさが表現される時、星々の中心の眼のような場所から喜びが放射しています。 子どもが明るさを愛し、星をこんなに愛するように、星は現れるだけでなく、子どもに喜びを与えま す。(あなた方子どもの養育者は、どこが子どもの高貴さを目覚ますかに注意しなさい)

a 10.
立方体達がだんだんと密集して、お家を閉めるので、立方体達は再び決して旅にでられません。立方 体達は内面的な平安を知った平穏な状態を持ち、今、回転されることを忠実に求め続けている。休止。 立方体達は最初のように元気になり、立方体達はかわいらしくて適切な家を見つけます。初めに美し い自然だけが存在し、家は今、立方体を統一とともに選び出した。
(教育者よ、この生徒達の生活について現してください。鏡像によって、あなたは生徒達に心の平和 を与えることができます)

a 2.
最後に立方体達は一面性へと向かいます。

a 1.
そして、立方体達は密集して、閉じて、終わります。等辺性がその感覚を果たします。

a .
統一が様々のものに現され、立方体達は立ち上がり、既に知られているものを、最初のもののような ものを、終わりには傾いていた最初のものと同じ種類のものを表現します。しかしながら、全ての事 物を認識したことが、今、示されるのです」

A

A 1

A 2

A 3

A 4

A 5

A 6

A 7

A 8

A 9

A 10

B

B 1

B 2

B 3

B 4

B 5

B 6

B 7

B 8

B 9

B 10

C Ⅱ

C Ⅲ

C 1

C 2

C 3

C 4

C 5

C 6

C 7

C 8

C 9

C 10

M

c 10

c 9

c 8

c 7

c 6

c 5

c 4

c 3

c 2

c 1

c Ⅲ

c Ⅱ

c Ⅰ

b 10

b 9

b 8

b 7

b 6

b 5

b 4

b 3

b 2

b 1

b

a 10

a 9

a 8

a 7

a 6

a 5

a 4

a 3

a 2

a 1

a


AからAの「形態」にいたる「流れ」を掲載したが、わかりやすくするために、半分の4個に着色 した。実際の第4遊具は8個全てが無着色であるから、「動き」そのものが強調されて提示される。 各表現の「小さな輪」ごとに独自の動きが用意されているために、他の表現の「小さな輪」と組み合 わせた場合に、自分だけの「動き」と、作詞、作曲が楽しめる。一人ひとりの子どもの「共同感情」 に合わせて、リズムが作られるため、同じ表現の「小さな輪」でも、各々の子ども固有の動きを持つ ことになる。
 『第3遊具の手引書』の「美の形式」の章に、「私達が最初にすることをたった今得た形態で説明 しましょう。すなわち、不可欠の法則に従って、自由に妨げなく動くためのものが示され、繰り返し て、変わることなく、同じ法則に従って上の4つを動かすことが自然にできるように、私達は立方体 を動かさなければなりません。しかし、今再び、新しい形態を作り出すために、再び同様の不可欠の 法則に従って、自由な面運動のための活動を通してだけ作りだしましょう。そしてこのことは、今4 つの外面的な立方体を前と同じ上面だけを最初に動かして作り出したものと同様のものを有していま す」と記述されているように、「美の形式」の最初は上面の4つの外面的なものだけを動かすことに なる。続けてフレーベルは、「しかし、今、何か全く別の形態に移りましょう。見てください。私達 は外面的な4つの立方体の第1、第2、第3とか第4の運動を始めることができ、また、私達は左か ら右への運動に進めることができます。運動が同距離の、たとえば、対比した同じ、すなわち、同じ 種類の形態が次の立方体の終わりまで続けられる場合に、各々に関してこの変化が生じるのです。優 しいお母さん。私達は直ちにこの双方の変化を発見することに注意し、絶妙な法則に注意してくださ い。
結合を通してのみ、本来の、相互の自由と必然性の貫徹が、必然性と自由について、特定の法則を現 し、美しい法則を現すのです」と、「美の形式」A1までの展開(最初の形の作り方)を記述してい る。
 最初のAの「形態」についてフレーベルは、「A1からA10までの事柄が、いわば、1つの緊密な 核を順序正しく現すならば、順序正しく定められているのではあるが、それに対してB1からB10ま での全ての事柄は、一層緩まり、分散しているのです。お母さん。自然があなたの繰り返される活動 にとって関係があります。私達は最初のAの形態が、それらの中に多様なしっかりした形状において 結合される緊密な鉱石のようなものを現し、2番目のBの形態が、これに対して分散したり、花の性 質に並べられた農作物の葉や、枝を現しているということができるので、私達は自然から協同して1 つの調和を許されるのです。やさしいお母さん。この遊びや、遊びの方法、ならびに、多方面の状況 を与えるような付随的な、湧いてくる注意をもう少し多く見てみましょう。子どもを彼の環境に、特 に自然に気づかせ、自然の中にじっと存在しているものの慎重な観察のためのものに気づかせる時、 簡単な、一般的な、決定的な法則として、真っ先に、最初の容易な、外面的な、開かれているものを 通したものへ、その次ぎに、最後の、より一層内面的な詳細な、調和的な、注意を通したものへと導 くのです」と記述していることから、Aが1つの緊密な核を順序正しく現すのに対し、Bは分散を示 し、Aは鉱石を現すのに対し、Bは植物を現すことをフレーベルは意図したのではなかろうか。「次 の全体像の描写をするためのものが、まだA6からA10にありますので、あなたにA6からA10が示し ていること、完全に引き渡されたものについて、形態の比較を詳細にしてみましょう。2つの5つの 部分の全体像が、いわば、純粋な、しっかりしたものとか、中の詰まった中心とか、核を持つという、 1つのことだけが浮き出てきます。そして、4つの外側の立方体の動きは、今までの条件の下で、全 く新しい形態なしに見つけ出したり、描写すること。4つの外側の立方体の動きを通して、全く新し い形態なしに獲得されるので、4つの外側の立方体の動きは、4つの内側の立方体の動きのために移 行されるものでなければならない。今、どのようにしてこれらのことが達成できますか?4つの内側 の立方体が、4つの外側の立方体の角が4つの外側の部分に関わるように、4つの外側の立方体との 間を中心から外へ動かします。これを明確に直観させるものが4つの内側の立方体を4つの外側の立 方体の部分の中心に静止しています。あなたは今、Bを得るので見てください」と記述しているよう に、Aは純粋に堅固なものとか、中心が充満しているものとか、核を持つ表現になっている。
4つの内側の「立方体」は4つの外側の「立方体」の角が4つの外側の部分に関わるように、4つ の外側の「立方体」を中心から外へ動かしていることになる。
 また、各表現の「小さな輪」について、「誠実で注意深いお母さん!しかし、私は今、あなたに先 を見越して欲しくはないのです。強調すべきものは、既にこの5つの部分にあったのです。5つの部 分は調和させるものに、より一層根ざしており、5つの部分は対立した全体像における、ある調停的 な中間部分によって、1つの小さな全体像を十分に形造っている。しかしながら、今、何を行うのか。 当然、何か新しいものを出さなくてはなりません。しかし、新しいものは、本当に何か徹頭徹尾新し いものであるべきなので、新しいものは、すぐ前のものに純粋に対立したものでなければなりません。 しかし、これらの排列において新しいものとは、角の拡張としての、集中に対立するものとしての、 立方体の広がりなのです。そして、広がる角、あるいは、A6番が次の形態として続きます。お母さ ん、今、あなたに良く知られた法則へと、また、あなたに良く知られた方法で、立方体をさらに広げ る、左から右へのものについて導きましょう。それでは、あなたはA7、A8、A9、ならびに、最後 のA10を手に入れてください。それらはA6と同じなので、小さな輪を持ち、もう一度、輪で構成さ れた5つの部分が再び終結します」と記しているように、新しいものは徹頭徹尾新しいものであるべ きなので、新しいものはすぐ前のものに純粋に対立したものでなければならない。
すなわち、角の拡張としての、集中に対立するものとしての広がり、広がる角がA6からA10の表現 の「小さな輪」を作り、完結することになる。Aに続くBの動きについては、「分散を現す形態が造 形の出発において、再び集められるための、再び一致する努力をするためのものとして、Bの中にあ ることを認識してください。また、再び集められることや、再び一致する努力をすることが、分散を 現す形態であることをあなたが先取りするために認識してください」と記述していることから、「分 割」を現す形が「造形」の出発において再び集められるための、再び一致する努力をするためのもの として、Bにあることや、再び集められることや、再び一致する努力をすることが分散を現す形の目 的であることがわかる。
 「右に向かうものを直観させることに秀でた最初の半分と、最初の半分に対するものではあります が、同様に、各々の形態の内面的なものの斜めになった状態のものに秀でている2番目の半分につい て、2つの反対の同じ様な半分に関してMが中央で全く同様に分け合っていることを認識してくださ い」と、フレーベルはMについて注意を喚起している。今まで動いていた4つの「立方体」を休息さ せるために、中心で合一する必要が出てくる。そこで、c 10の形態を現し、さらに今、逆に転回され る時、直前に休息した4つの「立方体」の動きも左手の方向へと逆行する。Mは右に向かうものを 「直観」させる前半と、内面的なもの、斜めになったものの後半を中央で媒介しているだけでなく、 調和形態としての表現をしている。Mの前後の動きについて、「だが、この各々の双方の半分は、た とえば、Bとbには全く同様のものも現れますが、Aとaは双方の外側を、同じようにCとcは双方の中 央を相互に対立するように、三重に再分類されて現す、常に対になった2つの部分になっています。 各々半分になった10個の部分の、この3つのそれぞれは、あるいは、全体を10個ずつにわけた6つの 各部分は、再び2つに分かれますが、対立の法則によって、各部はさらに5つに、5つずつ揃って対 立する半分になっています。例えば、A1からA5までとか、A6からA10までに繰り返されるような、 全体の6つの部分の、半分ずつ5個の部分に分けられた、この各々が事物の描写を通して明確に存在 するような対立した同じ側面の2つとか、より正確に言うと、この各々の面が、一面的な旋回をする、 あるいは、反対に回転する形態を含んでおり、例えば、A2とA4や、1全ての類似したもののように、 右回転のものが存在した場合には、対立する左回転の別のものが存在するような、逆になっていると いうことなのです。しかし、各々のこの半分の初めと終わりの部分で、あなたは何に気づくのか、注 意深い洞察を投げかけてください。あなたは、たとえば、A1とA5、A6とA10でしたような注意す べきやり方で、再三再四推論してください。しかもその上、この各々が連続する5つの分節された半 分は、その中心において、例えば、A3とA8のような4つと4面が完全に同じであり、したがって、 調整する形態を示しているのです。愛するお母さん。この各々の半分が自ら閉じている全体のイメー ジに関するものを、再びそれぞれに有していることを知らせることによって、まさに、この中央にあ るものは、いわば、前方と後方の分岐点であることを認識してください。しかし、なおさらに、注目 すべきものとして、全ての全体が同じように一致して立方体に終結し、対立するものにおいてのみで、 すなわち、全体が自ら立方体について、より率直な状態で現れたような、斜めの状態で、全ての全体 が立方体の結果として生じたことを私は述べたい。慎重な、注意深い、お母さん!この環状に完結す るものにおける全体を現すものを通したもの、自らにおいて休息するもの、重複したもの、組織され て合一するものをあなたは完全に正確に手に入れているのです。立方体は子どものために、今、斜め の状態を持つので、今度は、反対とか、本当に対立するものを通して、すなわち、対立する同一物で、 各々の事物を完全に認識しましょう。このことは、最も大きなものにおけるように、最も小さなもの において確実に存在しています。私はこの真理をあなたに委ねます。その真理とは、あなたの子ども の完全な教育が、あなたのより広い養育のように重要であるような、あなたの子どもにとってのもの なのです」と、フレーベルが『第3遊具の手引書』に記述しているように、Mが中心においてA→B →Cと、c→b→aを媒介する分岐点であることは、「対立物」を調和する形態であり、最も大きなも のと同じように、最も小さなもの(M)において示されるわけである。M以降の動きについて、「し かし、今、何か全く別の形態に移りましょう。見てください。私達は外面的な4つの立方体の第1、 第2、第3とか第4の運動を始めることができ、また、私達は左から右への運動に進めることができ ます。運動が同距離の、たとえば、対比した同じ、すなわち、同じ種類の形態が次の立方体の終わり まで続けられる場合に、各々に関してこの変化が生じるのです」と記述していることから、左から右 への旋回をするが、同じ種類の形が次の表現の「小さな輪」まで残ることが大切にされていることに なる。また、「CⅡに今までのよりも外側のものを再び内側に入れ、入れるのを半行程で止めること によって、この傾向を示します。注意すべき方法もまた集中にはもはや起き得ず、密集した緊密なも のが生じます。しかし、ある明確な中心に見えるものが、1つの中心に見えるものが、同じく1つの 目に見えるものが、同様に、1つの海のように見えるものが、子どもに直観されるのです。何が私達 に残ったかを、何があなたが今したことに残っているかを言ってください。あなたは通い慣れた状態 のどのような道を進みたいのかを言ってください。あなたはこれまでの対比する活動へと進まなけれ ばなりません。「さっきまで休んでいたものは、今度は動かなければなりませんし、最後に動いたも のは、今休まなければなりません。」その際、1つの大きなものが2つの5つに分けられた部分に現 れ、その中心はAのもののように緊密ではなく、暗くもなく、Bのように緩やかでもありません。む しろ、一定のものや、明確なものをのぞき見させ、誰も他のことを言うことができない1つの視点の ようなものとして現れます」と記述していることから、中途で止めることによって外側のものを内側 に入れる傾向を示す試みがなされる。1つの中心に見えるものが「予感」できることになるわけであ る。「さっき休んだものは、今また、動かねばならず、最後まで動いたものは、今、休まねばならな い」という法則によって、1つの視点をCは表すことになる。                 


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