第3遊具の認識形式
Erkentnisformen über 3 Spielgabe


多様な知能の全体の部門であり、幼年期には第3形式であるが、少年期には 第1形式へと移行してい く。「認識の形式」の役割についてフレーベルは、「最初は、子どもにとって、まだ、漠然と現れた生 命の構造、漠然と現存する生命の構造に、早くからしっかりと注目し、それゆえ、具体的なものに結び つくのです。人間の地上での使命を将来に自力で達成するには、存在、所有、生成の本質の把握に始ま り、現在、過去、未来の正確な把握と注目のような、具体物、空間や時間の本質の把握に、依存してい るだけではなく、むしろ、人間自身も既に子どもとして、人間の三重的な本質によって、また、人間本 質が自分に相応しく組織しているような、要求によって与えられるような、全ての本質の胚芽に則って、 なされるのです」と記述している。現存、維持、可能性の観念の本質の把握と、対象、空間、時間の本 質の把握、現在、過去、未来の観念の把握という三重の把握によって「人類の使命」を達成する術が獲 得できるわけである。「認識の形式」は「少年期」における主たる遊び形式であり、「生活の形式」、 「美の形式」と併せて用いる。運動の状態、空間、時間、形、数、名称などの概念を会得する動きの分 析の部門と考えられるであろう。第1遊具と第2遊具では回転遊び、第3遊具から第6遊具では分割遊 び、他の「遊具」や「作業具」では「状態遊び」(das Gestaltungsspiel)を意味している。形態を比 較するために「全体と部分」を用いることが特徴的である。分割された全体の部分を増減することなく、 少しずつ学習していくわけである。「詩」、「歌」、「話」を用いて反復行為や記憶と結び付けるとい う点は重要である。既知から未知へ、具体から抽象へと進む「学習単位」の集合により、現状に至る経 過を逆推理して分析できることになる。
「同じ分量のもの」が異なる位置を持ち得るので子どもは比較活動の中に共通性を発見し、「部分的全 体」の法則を「直観」できると考えられるだろう。フレーベルは不自然な学習を要求せず、刺激を与え すぎないことを強調している。しかし、フレーベルは量的な知的発達における到達課題や、達成目標を 指示しているのではなく、3つの「系列」も「生活の形式」から「認識の形式」へと質的に推移してい く。幼年期に重きを置かれた「生活の形式」は、少年期には「認識の形式」が取って代わることが特徴 的である。
第3遊具の「認識の形式」を例に挙げて理解しておくことにする。「1つの全体 (1)、2つの半端 (2)、 1つの全体 (1)、2つの半分 (3)、1つの全体 (1)、2つの1/2 (4)、あるいは、比較しながら結合して、 同時に提示し、歌う。1つの全体 (1)、2つの半端 (2)、1つの半端、2つの1/4、2つの半端、4つの 1/4、(5)、1つの全体 (1)、4つの1/4、 (5) 、4つの1/4、 (5)、8つの1/8、 (8)、8つの1/8、(8)、 1つの全体 (1)、少なくなったり、多くなったり、何と不思議な遊びなのでしょう」というフレーベル の記述から推測できるように、様々の言葉で「具体的思考」によって操作する部門と見なされうる。

( 1 )

( 2 )

( 3 )

( 4 )

( 5 )

( 6 )

( 7 )

( 8 )
「認識の形式」でフレーベルが扱った内容を「遊具」や「作業具」の全体を通して押さえておくこと にする。「立体や具体物は真っ直ぐな面で限定されていて、限定された真っ直ぐな面が一定の稜や角を 作っているか、あるいは、限定された面が認め得る稜や角なしに相互に続き、丸みのある物体や丸い立 体を作っているか、あるいは、立体が定まった角と定まっていない角の混合したものとして現れるか、 なのです。1番目の種類の立体では真っ直ぐな面で限定された(正6面体、角材形、薄板形、柱形、煉 瓦形など)立体では、君の子どもに次のようなことを探求させなさい。側面と稜は結びついているか、 結びついていないか、という関係について。1本の稜や線に関して、幾つの面があり、1つの角や点に関 して、幾つの面が集合し得るか、あるいは、集合しなければならないか。さらに位置について、どんな、 あるいは、幾つの面、側面あるいは稜が平行しているか、平行していないか、また、同一の方向か、同 一の傾斜であるか。もし君が君の子どもとともに形と形態観察のこの点まで進んだのならば、今度は自 力で線の結合と面の結合の種類と結合法則を、具体物や現実の状態を度外視して一人で見つけなさい。 実際の具体物の形と形態を扱う際に、特別な形と形態の学問の教授法は、自然の形態を作る時、自然が したと同じ道を歩むということ、いわば、直線的な個体から丸みのある個体や生動形態へと進んでゆく ことに君の注意は向かわざるを得ないであろう。この教授過程の自然の形成過程との調和において、君 は繰り返し導かれ、既に私達は今、教授過程と自然の形成過程との調和に立ち返らなければなりません」 とフレーベルは記述している。当時のフレーベルは、面によって限定されている立体(第3遊具から第 10遊具)において、「認識の形式」で、直線的立体から丸みのある立体へと進む自然傾向を知らせるこ とで、「生命合一」の「直観」へ導こうと意図していたと考えられるであろう。フレーベルの「認識の 形式」は、ペスタロッチーに負う部分が大きく、ペスタロッチー法の説明をした際に、各種の少年期の 教授科目を詳説した後、フレーベルは「第6教授科目。数の知識。様々な過程と練習において、生徒は ここでは、1) 数の純粋な概念を学ぶ。2) 生徒は数の特性に従って数の1つ1つを正確に学ぶ。3) 生徒 は数の1つ1つを数自体で学ぶ。4) 他の数と比較して学ぶ。5) 生徒は数の単純な関係を学ぶ。6) 数の構 成関係を学び、直観し、自力で表現する。こうして、第1に、自らで完結した全体を通して統一性が熟 慮され、第2に比較して数を取り扱うことによる、簡単な部分的全体像が現れる。そして、第3には、 簡単な部分的全体像と同時に、残りの全体像に則った数の本質、いわゆる二重の分数が現れてきます。 生徒は統一性を知り、数の特質や関係を知るやいなや、数の応用へ、あるいは、本来の計算へと移行し ます」と記述している。ペスタロッチーの数の学習方式を「形」や「形態」の学習と結びつけ、「認識 の形式」として用いていることを裏付けるものであろう。
『同志と同一の協力のもとに活動している者のための日曜紙』に連載した、「子どもの第3の遊び」 という論文の中で、『子どもが欲するだけ長く、子どもに静かに深く自分自身で遊ぶようにし、もし子 どもがまなざしや声で大人に関わってもらうことを要求したならば、その時、私達は、子どもがしてい ることを言葉で示せばよい。例えば、子どもが1個の立方体を他の1個の上に重ねる時、私達は「上に、 上に、上に」と言えばよい。子どもが立方体を並べている時には、同じように「そばに、そばに、そば に」などと言えばよい。同じように後ろや前に置く時も、離したり、下ろしたりする時も同じことであ る。「そばへ、そばへ、そばへ」あるいは、「上へ、上へ上へ」などのように歌うことができる。私達 は「上へ」重ねる時には、特に強い調子で歌い、「下へ」下ろす時には、特に低い調子で歌うようにす る』と、フレーベルが強調しているように、あくまでも子どもの活動が先行し、子どもの活動にあわせ て20歳の子ども、30歳の子どもとして「遊ぶ大人」の知恵を出すことが大切になるわけである。
1851年の『第3遊具の手引書』から、「認識の形式」を抜き出しておくことにする。『全部の8個の 部分立方体を一緒にまとめて、(図1)「全体」と言う。だが、すぐに分割して、(図2)「2つの半端」 と言う。合体と分離を何度も繰り返しながら、「1つの全体、2つの半端。1つの全体、2つの半端」 と歌う。続けて、「1つの全体2つの半分。1つの全体、2つの半分」と歌う。他の時に、「1つの全 体、2つの1/2。1つの全体、2つの1/2」と歌う。この言葉や調子を変えるだけでも、変化の「多様性」 がある。しかも、今度は位置の変更を結合の際に用いることもできる。「1つの全体(図1)、2つの半端」 (図2)「1つの全体(図1)、2つの半端」(図3)「1つの全体(図1)、2つの半端」(図4)次の時 には、「2つの半端」の代わりに「2つの半分」と歌ったり、さらに次の時は、「2つの1/2」と歌った りできる。言葉と位置を変えた場合には、さらに多くの変化を全体にもたらせる。たとえば、「1つの 全体(図1)2つの半端」(図2)、「1つの全体(図1)2つの半分」(図3)、「1つの全体(図1)、 2つの1/2」(図4)、あるいは、比較しながら、合体させて、同時に描写し、歌う。「1つの全体(図1)、 2つの半端(図2)、1つの半端、2つの1/4、2つの半端、4つの1/4(図5)、1つの全体(図1)4つ の1/4(図5)、4つの1/4(図5)、8つの1/8(図8)、8つの1/8(図8)、1つの全体(図1)ある時は、 少なく、ある時は、多く、魔法の遊びではありませんか。あるいは、「大きいと少ない、多いと小さい、 ほんとの原因は、何でしょう」あるいは、一般的に、「ある時は、大きかったり、小さかったり、ある 時は、小さかったり、大きかったり、でも、立方体は自分の分け前を持ってます」。あるいは、「ある 時は、多かったり少なかったり、ある時は、少なかったり多かったり、私は変わる遊びが好きなのです」。 あるいは、言葉と言葉で表したものを「遊び」に取り入れて、「半分はここに、半分はそこに(図2)、 半分は前に、半分は後ろに(図3)、半分は下に半分は上に(図4)、私はどれが好きなのでしょう。あ るいは、逆に、「半分は下に、半分は上に(図4)、半分は前に、半分は後ろに(図3)半分はここに、 半分はそこに(図2)、お芝居みたいですね。あるいは「半端はここに、半端はそこに(図2)、半端は 下に、半端は上に(図4)半端は前に半端は後ろに(図3)、言葉と物がきれいに結びつくと、互いに楽 しく巻き付きます」。
1/4で似ているが違った表現でしてみましょう(図5、図6、図7)』と例示しているように、様々に応用 して、分割の最小数は2、分割は半分ずつで4分したり8分したりする「遊び」に変える。第3遊具の 時期には「美の形式」が主として採り上げられるため、『第3遊具の手引書』には「認識の形式」が詳 しく書かれておらず、「認識の形式」の図はNo. 1からNo.12までしか残っていない。しかし、1844年の 『第3遊具の手引書』には、『以下の言葉で導かれたNo.15とNo.16に示したような比較する描写が続く。 「半端は立ち、半端は横になっているが、半端はまだ同じ半端が残っている。位置は大きさを邪魔せず、 他のものを追い散らすことはない」それから自己を比較して、「半端は平らで、2つ目は高い。2つ目 は平らで、半端は高い。でも同じ大きさなのです」』という一節があり、数量の保存概念に基づいた提 示が、さらに続くことがわかる。

( 図 1 )

( 図 2 )

( 図 3)

( 図 4 )

( 図 5 )

( 図 6)

( 図 7 )

( 図 8 )

( 図 9)

( 図 10 )

( 図 11 )

( 図 12)


認識形式にもどる 

wieder zum Erkentnisformen zurück
遊具の3形式にもどる 

wieder zum 3 Formen zurück
フリードリッヒ・フレーベルの
メニューにもどる

wieder zum Seite über Friedrich Fröbel zurück
メニューにもどる

wieder zum Heimseite zurück